【椅子を増やしました】


境内に置いている椅子(ベンチ)を増やしました。

 
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通常は境内での休憩用として、秋の大祭時などには舞台の前に並べて観客席として使用しています。
 
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今までは6脚しか無かったので、昨年の大祭時に座れない人もいたのですが、今年は3倍の18脚にしました。
 
地味なことですが、この暑い中 神社に来た人が、日陰でゆっくりできる所があるのと無いのとでは大きな違いがあると思います。ご活用頂けたら幸いです。

【お礼の手紙を頂きました】


先日 来社された真津山小学校3年生のお子さんたちから、可愛らしいお礼の手紙を頂きました。

 
地域や神社の事を理解して、少しでも神社に興味を持って頂けたようで嬉しく思います。
 
大切にさせて頂きます。
 
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【境内を少しずつ整えてます】


少し前のことになりますが、三の鳥居そばの石柱に灯籠を新設しました。

 

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(取付前)鳥居の前の両脇の石柱に取り付けました
 
 
何十年も昔は、おそらくこの石柱の上に木製の灯籠があったものと思われます。
 
その証拠に石柱の上が ✖ の字に彫られています。
 
写真でお分かりになりますか?
 
長年の雨風で朽ちて無くなってしまったのだと思います。
(写真が残ってないので、定かではありませんが。)
 
取り付けついでに常夜灯にしました。
 
 
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(取付後)
 
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(点灯後)
 
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(取付前)

 
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(取付後)
 
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(点灯後)
 
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(取付前)
 
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(取付後)
 
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(点灯後)
 
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(取付前)
 
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(取付後)
 
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(点灯後)
 
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先々月に投稿した他の灯籠と同様、暗くなると自動的に点灯し、朝になると消灯します。
 
かなり明るく神秘的な感じになりました。

【長崎は坂の町】


7月6日、某宮司さんの依頼で長崎市内の上小島(かみこしま)という所へ地鎮祭へ行って参りました。

 

 
 
建設地は以前 私の親戚が住んでいたところのすぐ近く。
 
なので頂いた地図を見て「この辺だったら、ある程度 土地勘があるから分かるな・・・」と思ったのですが、実際に行ってみると現場の近くなのに車が入れない!
 
「えーと・・・今どこだ? 迂回路は!?」と少しパニックになりながら引き返して・・・
 
少し進んでは地図を見ながら、さらに少し先まで進み、また地図を確認・・・(>_<)
  
早く着いて ゆっくり準備をするつもりだった予定が すっかり狂ってしまい、地鎮祭は5分ほど遅れて始まりました。
 
 
 
じつは長崎市内はそういう所が多いのです。
 
地図上では車で行けるようになってても いきなり階段が現れたり、車が入れそうな道幅だと思っても実際は歩行者が通れる幅しか無かったり・・・
 
そうなると(車で)入るには入ったけど、脱出するのは逆に大変!ということになる訳です。
 
今回の現場も幹線道路から入ると、数百メートルの間 ギリギリ車1台分(私の車は軽バン)の道幅しかありませんでした。
 
 
 
長崎は坂の町!・・・
 
斜面地の上に家が密集して作られており、それが すり鉢状に広がっています。繁華街は一番低いところにあります。
 
その地形ゆえに1982年(昭和57年)7月23日に起こった長崎大水害では、繁華街は全て浸水、斜面地では土砂崩れが起こり、何百人もの犠牲者が出ました。
 
 
 
写真は私の親戚が住んでいた所の近く、仁田佐古(にたさこ)小学校の上からの景色です。
 
昔はよく遊びに来ていましたので、懐かしくてパチリ。
 
親戚の家は斜面地の一番上に家があったので、ベランダに登り夜景を眺めながら飲むビールの味は最高でした。
 
 
今年も もうすぐ7月23日がやって来ます。

【長崎県神社庁 教化部総会】


7月2日〜3日にかけて「教化部総会」のため長崎県神社庁へ出向しておりました。

 
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「教化部」とは、神社に関する教えや情報などを広く氏子崇敬者に啓蒙・啓発していくために組織された教化委員会、また神職自身の研鑽・強化育成を目的として組織された講師会、それら全ての総称をいいます。
 
おこがましい言い方をすれば、長崎県の神社界の中枢を担う "精鋭頭脳集団" といったところでしょうか・・・
 
その教化部は教化委員会・講師会とも、いくつかの部会に分かれており、私は教化委員会の中の「広報部会」の委員を務めさせて頂いております。
 
文字どおり神社の「広報」に関する部会で、長崎県神社庁のホームページの管理・運営 や 冊子等の印刷物を発刊をする係です。
 
今回は、その教化部の年に一度 行われる総会のために出席してきた訳です。
 
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反省・提案、色んな忌憚のない意見が出され終了いたしました。
 
今年から3年間(任期は3年1期)力を尽くしたいと思います。

【小学生の施設見学】


7月1日 午前10時に地元の真津山小学校3年生が「施設見学」のために来社されました。

 
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40名ほどいましたが、この中で15名ほどが久山年神社に興味を持ってくれた生徒。
(この15名が質問をする係だそうです。)
 
のこりの生徒は、その他の施設を訪問する生徒とのこと。
 
 
その他の施設見学の子は社殿の外で待つつもりだったようですが、
 
外は雨でしたし、ずっと立たせておくのも可哀想なので、
 
神社に興味が無い子も社殿の中に入れて話をしました。
 
 
神社の歴史や神様についての質問、神職の仕事についての質問、
 
子供らしい素朴な質問が飛び出してきました。
 
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ホワイトボードを使って、子供にも できるだけ分かるように説明させて頂きました。
 
皆、一生懸命にメモを取りながら話を聞いてる姿が可愛らしかったです。
 
わずか30分程度でしたが、少しは理解してくれたのかな?
 
 
最後に「略記・社報・ポケットティッシュ・学業鉛筆」をプレゼントして帰って行きました。
 
※ 写真は掲載の許可を得てますが、プライバシー保護のため一部加工しています。

【社報 たよしの杜 第3号 発行しました】


この度『社報 たよしの杜 第3号』を発行しました。

  

ホームページの「社報 たよしの杜」のコーナー

  

https://kuyama-toshi-jinja.jp/news.html

  

からご覧いただけます。

  

  

なお「デジタルでなく、紙で欲しい」という方にも郵送でお送りしています ✉

  

  

ご住所・お名前を書いた返信用封筒に82円切手を貼って、同封の上

  

〒854-0066 長崎県諌早市久山町2275-2

久山年神社社務所 社報配送係 宛

  

までお送りください。(社報は無料です)

 

 


【綺麗だけど悲恋の花】


写真は久山年神社の社務所前に咲くアジサイです。

 
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今では全国的に人気があるアジサイですが、今のような人気者の花になったのは意外に新しく戦後の話とのこと。
 

アジサイは日本生まれ外国育ちの花
 

現在 一般的にイメージするアジサイは綿帽子のように こんもりした花ですが、これは西洋で品種改良されたアジサイで『ホンアジサイ』というようです。

 

それが日本に入り全国に広がって、現在のようなアジサイが定着した訳です。アジサイの逆輸入ですね。
 
日本独自のアジサイは当社のアジサイのように花びらが周りにあって
真ん中にガクの塊がある『ガクアジサイ』が元々のアジサイだそうです。

  
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悲恋の花「オタクサ」

 
長崎ではアジサイのことを、別名「おたくさ」と呼んでいます。

 
江戸時代に来日したドイツ人のシーボルトは長崎の出島でオランダ商館の医師として着任しました。そこで患者として訪れた一人の日本人女性に惹かれます。長崎の遊女だった「お滝」です。

 

 
やがて二人は結婚し、お稲という可愛い女の子も授かり長崎で幸せに暮らします。

 

しかし、ある時シーボルトは幕府からスパイ容疑をかけられ国外に追放されます。

 
悲しみの中ドイツへ帰国したシーボルトは「日本植物誌」を刊行します。

 

お滝 のことを忘れられないシーボルトは、長崎で見た美しい花『アジサイ』の事を『Hydrangea otaksa=ハイドランゼア オタクサ と名付け、西洋に紹介します。

 

シーボルトが、妻の名『お滝さん』を呼ぶ時の発音をそのまま花の名にしたのです。

 

きっと美しい妻の姿を美しいアジサイに重ねたのでしょう。

  

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こういう悲恋の話が残る長崎市では市の花をアジサイと定めて、今でも『おたくさ』と呼んで親しんでいます。
   

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ちなみに花言葉は「移り気・浮気」

 
ホンアジサイの花言葉では「一家だんらん」もあるようです。
 
ですが花言葉とは全く逆で、シーボルトは帰国してからも
一心に妻「お滝さん」の事を想い続けました。

 
そして日本でいつまでも「一家だんらん」に穏やかに
暮らしたかったに違いありません。

 

悲しいぐらいに皮肉な花言葉です。


【飯盛町池下地区 恵比寿祭(ペーロン清祓)】


6月16日 午後2時より 飯盛町池下地区の恵比寿祭をご奉仕して参りました。

 

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この日は朝からペーロン大会が行われていて、決勝戦の前に恵比寿祭が行われます。
  
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参列者・ペーロンの漕ぎ手の皆さんをお祓いの後、航海安全・大漁満足の祝詞を奏上、奏上中にペーロン船は右回り・左回りを3回ずつ繰り返し海の上を廻ります。
 
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祭典が終了したら、ペーロンの決勝戦とのことです。
(私はその前に帰りますので、見たことがありません)
  
これから夏になり、長崎では各地でペーロン大会が行われます。
====================
ペーロンの詳細については下記から
  
※ ペーロンとは?

【令和元年 田祈祷祭】


6月16日 午前10時より、毎年恒例の『田祈祷祭(たきとうさい)』をご奉仕致しました。

 

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田祈祷祭とは田植えが終わった直後に行なわれるお祭りで、秋の豊作を祈る地元 諫早に古くから伝わるお祭りです。
 
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市内ほとんどの神社(海沿いの町は除く)で行われ、6月中旬〜7月最初の日曜日に集中しますので、支部内の神職は自分の受け持つ神社をバタバタと時間をずらしながら廻ってお祭りを致します。
 
お正月の次に忙しいのが、この田祈祷祭の時期になります。
 
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祈願した御幣(ごへい)を田んぼの水口に立てて豊作を祈ります。
 
今年は雨が少ないのが少し気になりますが、この田祈祷祭には雨乞いの意味もあります。
 
これから本格的に恵みの雨を降らせて頂けるものと思います。
 
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さて話は変わりますが、本年3月に坂口泰行様から古稀の記念として、祐野工務店様から天皇陛下(現 上皇陛下)御即位30年の記念として大幟の御奉納があり、今日が初のお披露目となりました。
 
御奉納を厚くお礼申し上げます。


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